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シングルマザーの日常(どきどき妄想)

精神脆弱なポンコツシングルマザー

シングルマザーの恋愛って


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20代前半の頃、恋をした。
そのとき私は既に元夫と結婚していたし、長男が産まれていた。
相手も妻子ある人だった。

容姿、性格ともとにかく全てがどストライクにタイプだった。
きっかけは共通の知り合いを介してひょんなことで出会って、始めは「あーこの人いいな」ってなんとなく思うくらいだった。
その内友人を交えて飲みに行くようになって、ある時お互いに酔った勢いで身体の関係を持ってしまったのだった。

それからもうその人に夢中で、私も若かったなぁって思うんだけど、何度も二人きりで会うようになった。
元夫には、(私は学生だったので)同級生と食事に行くと嘘をついて彼と会っていた。

結局最後は相手の奥さんにバレてしまってそれきり連絡も取らなくなった。

だから長い間、忘れたい過去としてあまり思い出さないようにもしていた。
けれど最近になってやたらと当時のことを思い出す。
彼の仕事が終わるのを都内の百貨店をブラブラしながら待っていたことや、離れ難くて空が明るくなる時間まで街の中を二人手を繋いで歩き回っていたこと。

あの時、人を好きになるのはこれが最後になればいいと思った。
もう彼以上の存在には出会えないとも思った。

誰かを好きになるって不思議だ。
その人と居ると何をしてても楽しくて、「もっと一緒にいたい」って思う。
離れているときは相手のことばかり考えて胸が苦しくなったりくすぐったくなったりする。
そんな感情って恋愛以外にあり得ないから。

で、当時の望み通り、以来私は恋愛をしていない。
実は離婚直後に自暴自棄になって男女の仲になった人は何人かいる。
けど、外見はタイプでも一緒にいて楽しくなかったりするから2、3回会う内にどうでも良くなって会うのも面倒になる。それで終わり。

私は再婚願望って全く無くて、もう結婚生活なんて面倒なことは懲り懲りだと思っている。
第一子供がいるから、再婚することに意義を見出だせない。
やり切った感があるのだ。

けれどそれと恋愛とは別物だって都合良く考えている。
やたらと恋愛してた頃の感情を思い出すのは、きっと願望があるからだと思う。

もう30歳も過ぎたし、女としての寿命が縮まっていることに危機感を抱いてのことかもしれない。
こんなこと言ったらアラフォーやそれ以上の女性に対して失礼かもしれないけれど、私は私の年代のことしか分からないから仕方ない。
自分がアラフォーになったら「まだまだ若い!」って思ってるかもしれないし、20代の頃はアラサーなんてオバサン過ぎて眼中に無かった。
そんのものなのだ。

ただ私はアラサーとして自分の劣化を嘆く日々で、抗いながら「もう一度人を好きになってみたい」ってどこかで思ってる。

ただ刺激が欲しくて(仕事や生活が安定しているし)、ほんとは恋愛じゃなくても良いのかもしれない。

これから先、好きになるような人に出会うかどうかは分からない。
けど、来るべきときに備えて自分を磨くことは怠らない。
ファッションだって体型維持だって、もともと美容に拘るのは苦じゃないし。

まあこれも全部、自己満足なんだけど。

保育園落ちた死ねじゃないけど


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産休を控えた職場の同僚が、保育園が見付からず困っているとのことだ。

話を聞くと、その方は非常勤職員なので、一定期間内に復職できないとなると契約が打ち切られるらしい。

因みに常勤職員だと育児休暇含め最長3年間の休暇取得が可能だ。
ただこれはあくまで“取ろうと思えば取れる”程度で、実際には皆約1年で復職する。
看護師だけでは無いと思うが、ブランクが長いとその分復帰に後ろ向きになるのは当然だと思う。
私なんて2日も休めば仕事に行くのが億劫になる。ブルーマンデーというやつである。

私は子供二人ともが幼稚園であったので、保育園の入園に関してはよく知らない。市の管轄で、基準がポイント制であるというくらいだろうか。
しかしこんな片田舎でさえそのような現状であることには驚いた。
困っているのは人口の多い都会の人だけだという印象だった。

これでは出産・子育てにネガティブな印象を持たれても仕方がないだろう。
子供は欲しいけど仕事を辞めたくない人だっていっぱいいる。
しかもそういう人達って、結構働くのがお金のためじゃなかったりする。

前述の方もまたそうで、外に出ていた方が楽だと言う。
私が妊娠中は専業主婦だったので、夕食の買い出し以外はほぼ家の中にいたと話したらとても驚かれた。自分にはそんなことできないと。逆に私からすれば、大きなお腹を抱えて働きに出るなんてとてもできないと思った。
当たり前だけど、人それぞれ大変なことは違う。
その“それぞれ”に対応することもむずかしい。

けれど、それが叶ったらきっと素敵な社会になるんだろうななんて妄想する。
家に居たい人は家に居たら良い、そんな人には経済支援をする。
そして働きに出かけたい人には安心して子供を預けられる場を提供する。

これってきっと、昔の日本では家族や親類縁者がその役割を果たしていたのではないだろうか。
互いに補い合い、みんなが少しずつ我慢したり楽したりできるような。

実家に出戻った私は改めてそんな風に考えさせられる。
これまで結婚生活は核家族だったから気が付かなかった。
“誰にも気を使わなくて良い”ということは確かに楽だった。

だから子供には今の内からそう言い聞かせている。
大きくなったらみんなみんな一緒に住めるくらい大きな家を建てようねと。
離婚した身でおこがましいが、離婚してみたからこそ分かったことだと思う。

そのお陰か、娘は「大人になったらママみたいに、自分の家族とママとおじいちゃんおばあちゃんみんなで暮らしたい。」と言う。「色んな人がいると楽しいから」だそうだ。

我が家はニートの兄含め個性派揃いである。
そして皆好き勝手なことを言う。
けどみんなが少しずつ我慢して助け合って、なんとなく回ってる。
そんな当たり前にある多様性を感じ取り、それを“楽しい”と言う娘には感心するばかりだ。

サクラチル日に親は何を思うか


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先日息子が受験した中学校から本日不合格通知が我が家に届いた。

私が仕事から帰宅するより先に、息子自らが開封し、咽び泣いていた。
残念な気持ちと同時に、息子にこんな思いをさせてまでやるべきだったのだろうかと考えさせられた。

成功体験ならまだしも、挫折に終わってしまったからにはなんとも言えない。

偶然にも今日の昼休み、職場の売店で他部署の看護師(男性)と出合い、彼が前に受けた幹部試験の話題をしていた。
「いやあ、ダメでした。」
と苦笑いする彼に、私は「○○さんはまだ若いから次がありますよ~」と軽々しく声を掛けた。
全く無責任な発言であったと数時間後に私は思い知らされるのだが。

息子の中学校受験はもう二度と無い。
しかし、大人になってからも試験、つまり“自分の能力を試され、評価される”機会は度々訪れる。
息子の今回の経験は、その内のひとつに過ぎないと、そう考えることで納得する以外いまのところ思いつかない。

息子を励ましながらこんな会話をした。

「○○がやりたいことがあるなら、これからもママは全力で協力するよ。」
「でもママはこれからも仕事続けられるの?」
「どうしてそう思うの。ママ出来ないと思うの。」
「なんか、精神的にさ。」
「うーん。とりあえず○○が大人になるまではするさ。」
「じゃあいつか辞めるの。」
「そりゃいつかやりたいことが他に見付かるかもしれないからね。見付けたらまたそのとき頑張るのさ。」

私がそう言うと息子は安心したみたいに笑った。
恐らく、私が“嫌になって仕事を辞める”
ことに対する不安が彼の中にあったのだと思った。

私の言葉に偽りは無かった。
もう投げ出したり逃げ出したりしないと自分の中で誓っているし、仮に進路変更があるとすればそれは“他にやりたいことが見付かった”ときだと思っている。
モチベーションの低い自分にはそうそう無いことだって胡座をかいている面もあるのだが。

ただ息子にそう言ったからには、“その時”が来たら頑張ろうと心に決めた。


息子が挫折感に打ちのめされるより先に、次なる目標を与えねばと私は躍起になっていた。
学年途中でも転入出来る遠方の私立中学校のHPを見たり、中学生向けの留学を検索するなどしていた。

そんなことをしている中で以前息子に宛てて書いた手紙のことを思い出した。
それは1/2成人式という小学校行事の一環で書いた手紙だ。
その手紙の中で私は、
“○○が○○らしく生きられる場所を一緒に探して行こうね。ママはそのためだったらどこにだって行くよ。”
と書いた。

その言葉が今日は、自分に向けられた言葉であったような気がしてならない。
全部全部、自分のためだという強迫観念が襲う。

息子に心配されているような分際で、彼の幸福を考えるなど厚かましいということだろうか。

養育費はあって無いと思ってる


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またこんな記事が上がってきた。
シングルマザーの約8割が養育費をもらっていない 「相手と関わりたくない」「支払能力がない」から(MONEYzine) - BLOGOS(ブロゴス)

母子家庭の経済状況に世間はそんなに関心があるんだろうか。
生活保護世帯の何割が母子世帯で占められているとか、子供の貧困率を上げている原因は母子家庭にあるとか、詳しい統計は知らない。
けれど、どうもこの手の記事で母子家庭を批判する内容は少ない。
あくまで世論は母子家庭(の子供)を保護しようという風潮ではないだろうか。

そうやって親切にしてもらえるのは有難いのだけど、そうすることで日本の将来は本当に良くなるの?ってちょっと疑問に思ってしまう。

なんか、他のマイナス面をフォーカスできないからとりあえずかわいそうな母子家庭にスポットライトが当たっているんじゃないかなんて、ひねくれ者の私は勘繰ってしまうわけです。

で、この記事は養育費について語られている。

養育費をもっと厳しく、法的措置によって取り立てることができたら母子家庭はもうちょっと楽になるのでは?と。
養育費を受け取らない理由として多いのが“元夫と関わりたくない”であれば、そこに公的機関が介入することはなるほど効果的かもしれない。

ここから自分のことになるが、私は元夫から養育費を受け取っている。
記事の文中にある、“公正証書”で養育費と面会については取り決めをした。

手続き自体は相手が協力的であれば簡単だ。なんたって行政書士とか司法書士などがその辺の書類作成はやってくれるし、公正役場にも同行してくれる。
手取り足取りというわけだ。

私の場合、離婚は突如として元夫から突き付けられた。
元夫との結婚生活が長く続くとも思っていなかったけど、まさか夫の方から離婚の提案があるとは思っても無かったのでそれはもう動揺した。
それまでも口論が日常茶飯事であったが、以降更にヒートアップし、今から考えれば家庭内は目も当てられぬ状況だった。
そんな日々が続いたから、子供はもちろん私の精神状態も限界状態だった。
早く子供を連れて実家に逃げ帰りたいと思ったけど、腹黒い私は「タダで離婚してやるものかー!」と必死になっていた。
だから離婚に際しては様々な条件を出してみた。
それは意地悪とか簡単なものじゃなくて、実際凄く惨めな思いとの戦いだった。
プライドも何も無くて、取れるものは取ってやるみたいな気持ちだった。

そんな戦いの末、取れたもの取れなかったものがあり、その中の取れたもののひとつが養育費だ。
金額は多くも少なくも無い。
それは離婚してから現在のところまで滞りなく振り込まれている。

そしてこの養育費にしろ自分の給料にしろ、私はその一切の管理を母親に託している。
それはそもそも私に金銭管理能力が乏しいってことも理由のひとつだ。
元夫との結婚生活においても、金銭の管理は夫がしていた。私は食費や日常生活に必要なお金だけ受け取っていた。
私の中では今もその状態が継続している感覚だ。毎月“小遣い”という形で決まった金額を母から受け取る。

母親は私と反対でいわゆる貯蓄マニアなので、安心して任せることもできる。
因みに元夫から送金される養育費は全て子供の学資保険に充てられているそうだ。

こうして我が家では養育費が本来の役割を果たすことができている。
そうでなくとも、子育てを全面的にフォローしてくれている母がどう使おうが構わないと思っている。

仮にいま元夫からの送金が途絶えたら、差し押さえなど法的措置に踏み切るかと言われれば答えはノーかも知れない。

養育費にとどまらず、お金なんて始めから無いと思っておくくらいが私の場合都合が良い。
アテにすることで、不安や焦りなどネガティブな感情に取り憑かれてしまう気がするのだ。

息子の中学校受験と自分の就労余命


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息子の中学校受験が終わった。
結果はまだ出ていないけど、よくぞここまで頑張ったと労った。

離婚して東京都内から地方の実家に出戻った私はとんでもない挫折感に苛まれていた。
それは自分の将来や理想に対してと同時に、子育てにおいても強かった。
だって地方から上京してそこで一世一代築くことの大変さを、自分の大学進学当初に思い知らされていたから。

子供にはなりたいものになって欲しいし、思い描く未来を実現させて欲しいと願う。
しかし東京と地方では、その過程で得られる刺激や経験に圧倒的格差がある。
事実、中学校受験をする児童は都内ほど色濃く、地方では稀だ。
そもそも私立の学校が少なく、学力レベルが高くないという現実がある。
この度息子が受験した中学校も国立である。都会みたいにハイレベルな私立中学校なんて無い。

このような格差は進学だけじゃない。
何か習い事をさせようにもその選択肢は狭い。
息子がパソコンに興味を持ち始めた頃、プログラミングを習わせようと考えたが実施している教室が無く断念した。
“パソコン教室”と唱っているのは高齢者相手にワードや年賀状作成を教えるような場所ばかりだった。

こうして子供の将来を狭めてしまっているのだと思うと罪悪感を感じる。
離婚したことや自分の非力さを情けなく思う。

そんな超絶ネガティブな母親を余所に、息子はほぼ毎日遅くまで塾に通って受験勉強をしてきた。
試験を終えた彼は、「楽しかった。やって良かった。」とまで言った。

そう、その言葉だけで幸せで、頑張ろうと思えるのは親の妙味だ。

親のエゴや押し付けから始まったかもしれない中学校受験も、大きな経験として獲得できたのは言うまでもなく子供の力だ。

私自身が無力な人間だから尚更、子供の成長には日々感心させられる。

そしてもう働きたくないなんて思いも暫し忘れることができる。
“あと3年”、が“あと10年”に変わり、子供が自立するまでそんな調子でなんとか働き続けるのだろう。

看護師という仕事は決して楽ではない。
特に夜勤なんて、「命削られてんなぁ」と肌身で感じる。

そうやって命を削りながら自分はあとどれくらい頑張れるだろうかなんて考え始めると途方も無く、絶望的な気持ちになる。
けどその先に、成長した我が子の姿やその子孫の未来が続いているのだと思うと、弱音なんて吐いていられない。

引きこもりの兄と自分


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うちには引きこもりの兄がいる。
もうアラフォーに片足突っ込んでるくらいの。
兄の歴史は我が家の歴史と同じくらい、それを語ろうとするともう小説6冊分くらい書けちゃう。
見た目は“地獄のミサワ”のイラストに驚くほど酷似している。


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で、その兄の存在が厄介だ。
何より子供に何か危害を加えないか心配だ。だから家に子供だけが居る状況を作らないよう母に頼んでいる。

ここ1年くらい、子供が成長して賢くなってきたせいか兄が干渉してくることが目立ち始めた。息子が中学受験のため夜遅くまで勉強していると早く寝ろだとか、娘がピアノの練習をしていると五月蝿いからやめろだとか言う。
無論こんな理不尽な要求は許されない。
「今度何か言ってきたらすぐにママに言いなさい!」と子供に言って聞かせる。

兄も伊達に長年引き込もってきただけあって家族の気配には敏感らしい。
私と父が在宅していると物音ひとつ立てない。
だから兄が子供に干渉したことは、後になって子供から聞かされて初めて知る。
それがすぐにでは無くて数日経過した後のことだから尚更腹立たしく、情けない。
しかしその場で兄の部屋の扉を叩いて苦情を言う勇気も自分には無い。
結局母に八つ当たりすることになる。
母に言ったところで何も解決しないことは昔からよく知っている。
自分が母親になったいま、その気持ちが分からないでも無い。
父には言えない。なんか可哀想だから。
きっと父が一番情けなく思っていて、苦しいと思うから。

兄はきっと発達障害なんだろう。
ADHDなんて病名が日本で流布し始めたのはここ最近で、少なくとも私が子供の頃は無かった。
思い返せばクラスにそれらしき子供がいたなぁと、新しい知識が改めて人をカテゴライズする。

だったら入院なりさせて追い出せば良いじゃないって今でも考えている。
しかし、精神科には措置入院医療保護入院といった本人の同意が必要の無い入院手段がありながらも、それを利用して自宅からニートを引っ張り出すことは困難だ。
昔は医者が出向いて鎮静剤打って搬送なんてことがあったらしいが、個人やプライバシーを尊重する現代ではそうも行かない。そんなめんどくさいことに関わりたがる医者もいない。
よってまず本人を病院に連れて行くことが第一歩になるのだが…そこが一番難しい。
最近では引きこもりの部屋を抉じ開けて引っ張り出して自立支援しますよなんて商売もあるくらいだから、その第一歩に多くの家族が悩んでいることは間違いないだろう。

一度兄に直接病院に行くよう話したことがあったが、「オレいつ死んでも良いから病気とかどうでもいい」とまるで話し合いにはならなかった。
通院している精神科の医者にも相談したことがあるが、まずは本人を病院にとこれと言ったアイデアも得られなかった。

嫌なら出ていけば良いじゃんって、大抵の人は思うかもしれない。
けれど自分の立場を考えると実家に住んでいることの恩恵の方が上回っているのも事実。
と、こんなことを考えている自分は兄と変わらないじゃないかと思えてくる。
だって実際離婚して初めて自立の必要性に迫られ、子供が居なかったら生きていたかも分からない。
“いつ死んでもいい”と言う兄の気持ち、実は良く分かる。

そんなこんなで未だ我が家は兄という闇を抱えたままなのである。

どこか兄に同情する気持ちと、両親のやりきれなさを思う気持ちと、自分たち母子の利益を優先させる気持ちとが複雑に混雑している。

両親だっていつまでも元気じゃない。
私が頑張って働いて、完全自立を目指すのが私たち母子にとって最優先事項であることに変わりは無い。
そして出来れば、兄にも“生きていて良かった”と思える瞬間が訪れることを頭の隅っこで願っている。

休日のお一人様とサウナ


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仕事が休みの日、子供の休日と被らない平日は一人で過ごすことが断然多い。
一人で何するって、サウナに行く。
温泉地も多くある地方に住んでいるからサウナが併設されている施設も点在している。
中でもよく行くのが、自宅から車で30分ほどの場所にある温泉施設で、そこのサウナはなんと言っても広い。
さすがに週末は無理だけど、平日の昼間なんて余裕で寝転がれる。水風呂があるのも欠かせないポイントだ。

サウナの中毒性については“タナカカツキ”の“サ道”と言う漫画の内容が大変的を得ている。
マンガ サ道~マンガで読むサウナ道~(1) (モーニング KC) | タナカ カツキ |本 | 通販 | Amazon

サウナなんてオッサンみたいな趣味だが、私がサウナにハマり始めたのは高校生の頃とその歴史は古い。
最初はダイエット目的でジムやそこに併設されているサウナに通い始めた。
しかし今やインターネットで検索すれば分かることだがサウナにダイエット効果は期待出来ない。
なるほど、サウナでいつも見かける常連らしきおばちゃん達が一向に痩せないハズである。
しかしそれから現在でも私をサウナに駆り立てるのは、なんと言ってもその中毒性にあるのだろう。

暑苦しい中を耐え抜いて水風呂に入ったとき、全身の末梢血管が収縮し、血圧が一気に上がって脳酸素供給が絶たれる。
意識が朦朧として離人感が訪れる。
それは僅か数分に過ぎないが、紛れもない脳内麻薬の存在を感じることが出来る。
それだけで充実した休日を過ごせたと思うことが出来る。
何より必要以上に喋ることが嫌いな私にとって休日を一人で過ごせることは幸せだ。
たまには気心の知れた友人と会い談笑することもあるが、それもたまにだから楽しめる。

他にも休日の過ごし方を考えると読書やパソコンと向き合ったりなど一人ですることばかりだ。
一人でいることが好きだからそうなるのか、鶏が先か卵が先か。
ただ人と一緒に居たり話したりするのは疲れるから仕事だけでお腹いっぱい。

因みに覚醒剤や麻薬の使用感については“ウルフオブウォールストリート”と言う映画が見事に表現していると個人的には思う。
ウルフ・オブ・ウォールストリート - 作品 - Yahoo!映画
経験したのはもう何年も前のことだし、いま経験したいとも思わないが、やっぱり忘れ難い感覚だと思う。

若者は海外に行ってでも大麻の吸引くらいは経験しておくべきなんじゃないかって思うくらい。
なんて、著名人がこんなこと発言したら大問題になるんだろうな。